木曜日

Mies vailla menneisyyttä.

 

 

 

 

記憶喪失にまつわるドタバタはよく使われるネタなのだけど、主人公は特にそれを悲観するでも真剣に思い悩むでもなく、常に前向きに動き続け少しずつ自分の生活を作り上げていくのは珍しい。あくまで全編に亘ってペーソス溢れるコメディであり、「警察で身元調べたらわかるでしょう」等というリアリティを求めてはいけない。 今にも壊れそうなコンテナという居場所を見つけた彼は、ジャガイモを耕し、壊れたジュークボックスを直し、“猛犬”ハンニバルをあっさり手なずけ、ソファーで好きな人と黙って音楽を聞き、今日という一日を淡々と過ごしていく。私はねえ、彼のその暮らしがとても好きでした。私だって前はね、生きづらい生き方をしていた気がするの。時間ばかりを気にする生き方。すごい複雑な生き方。だけど、今なら彼の生活が恋しく思えるんだよ。それはもうすぐ23歳になる、成長の兆しってやつかしら。

きっと本来のシナリオだと底辺の人間たちを描こうとしているのだろうけれど、監督の手にかかれば、それらは全く底辺に見えない。客観的に観たら、彼らは苦しい生活だろうに。だけど前向きで、ささやかな幸せを知っている彼らに、どんなお金持ちも勝てっこないなと思う。だってさ、悔しいくらい、泣きそうなくらい、彼らは優しいんだよ。
 コンテナに電気を引いてくれた男との会話なども憎い。 もちろんお礼に払うお金なんかありません。 「礼には何を?」 「おれが死んだら情けを」 って。 
銀行に乗り込んで行く社長も素晴らしい。 手にしているのはライフル。 でもそれは、自分のお金のためでも、復讐のためでもなく、給料を払えない従業員のため。 

気に入っているのは救世軍バンドの野郎ども、そして妻との再会のシークエンス。主人公と若い男のやりとりはなんともクールで面白い。

救世軍バンドが夜のライブで歌う「悪魔に追われて」が最高に美しくて、泣いた。


残念なことに、人生は前にしか進めないようです。